人生のCanvas Part2 井上雄介のぼやき2



19人の名も無き犠牲〜二重の殺人を忘れない

7月26日、2016年。なんとも痛ましい信じられないような事件が起きた。相模原やまゆり園での障害者を狙い討ちにした虐殺事件。明日で3週間にもなろうとするけどオリンピックやいろいろな世間の騒ぎで事件の本質がすっかりかき消されてしまった。

20代なかば以降からずっと障害者問題に関わって来たり個人的に親しい友人、悪友とさえ呼べる障害の友達も多いし何故ここまでの事件を起きるまで許してしまったのか、とても苦しい無念と整理出来ない気持ちが続いている。

自分自身、10年以上前にうつ病で衰弱してご飯も食べられず精神病院で点滴を受けて食事介助から療養、半年で退院して主治医の清水先生は「あなたは躁うつ病だよ」と。自分でも数年は合点が行かなかったけど、若い頃から衝動的に物事に突き進んでは燃え尽きて動けない時期が季節ごとにあったり(・・・なぜ今しなくてはいけないことが山程あるのに・・・動けないんだろ?)の経験があった。主治医によると中年以降は躁状態があまり出なくなりうつ状態の方が続いたままになるそうで、それも受け容れるように慣れてきた。祖父も躁鬱だった世の中見ると仕事人間や中小企業の社長さんやアクティブに動く人を見ればああ、この人も躁鬱なんだろうなと思うしいろいろだ。

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話を戻せば今回の事件、当初からおかしいと感じたのは犠牲者の匿名報道、「19名の重度障害者」一括りにしアルファベットと年齢で記号化さえされてしまった。事件後から各方面の当事者団体から「生き様や人となりがあったのだ!」と抗議や声明が出されているけれども遺族の意向、それすらも定かで無いのに遺族の人権を優先する。おかしい。寝ていただけで普通に迎えるべき朝、暮らし、人生を奪われたのは19人の犠牲者なんだ。そこにまず大きな差別があることを報道できないし考えられない。ある障害団体では「障害者は死んでも差別されるのか」とのコメントさえ読んだ。

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次にまったく理解できないのは、21世紀の現代に置いて人間の尊重、つまり人権を踏みにじる差別よりも虐待よりも虐殺が起きたのにすでに世の中から忘却が始まっている事 。事件当時から犯人の異常性や思想に特化したニュースばかり流れ、建前では言うものの「19人の障害者が犠牲」「社会に対する問いかけであり考えていく必要がある」では上辺でしかない。

盲ろうの福島智さんは事件後すぐ声明を出した「この事件は犯人と社会による二重の殺人になることを危惧している」。その通りで3週間近くで生き様、人となりを社会からすべて抹殺された。ちょうどオリンピックもあるので日本中がニッポン!連呼の騒ぎになり・・・そのニッポン!の歓喜の影にはには19名の犠牲者は含まれてないんだ、そう考えるとやりきれない気持ちになる。それすらも分からない民族性はどこで、何を、どう、間違って来たのだろうか。

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おそらく、やまゆり園の日常やいろいろな障害者の暮らしや人生、社会が迷惑をかけ障害者が抱える問題、無理解、偏見、差別があるのだろうとは推測出来る。十年以上前、障害者作業所の所長だった時代、それ以前か、介護保険も始まりその頃である。いろいろな障害者に「今後、障害福祉の将来、社会はどうなっていくんだろねえ?井上さん」と聞かれる度に「おそらく弱者排除、切り捨ての時代が始まるだろうねえ、年金も生活保護も削減されるだろうし、差別も酷くなるだろうね。だからもう一度障害者運動の必要も出てくるだろうし、自分たちで力をつけて闘って勝ち取っていくしか無いだろうねえ」、なんども言った覚えがあるし、現に事件後そう言う事を覚えていた友人は「井上さんは世の中は悪意に満ちているからと勝ち取って行かないといけないと言ってましたね、覚えてます」と私信を頂いた。

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差別はあるもの、として今回の事件後も、物事でもなんでも進めなくては行けないと思っている。分かり難いから例えば先天性と後天性で障害を持つ場合。例えば先天性の場合、昔は就学免除と言う制度まであり「障害を理由に学校に来なくても良い」と言う差別があった。いまも形は違うけど分けて教育と言うのも形を変えて残っている。それと事故や病気、何らかの理由で障害を負った場合、溝がある。多分、世の中には後者の方が想像しやすいから、理解しやすい乙武さんやパラリンピックが出来るような選手に感動を覚える。世の中は感動を消費したいけどそんなの迷惑なだけで実はそれすらも差別であることが分かって居ない。

また当事者間でも溝はあり障害者誰もがパラリンピックが好きなわけではない、違う例では手話で歌うのも大きな誤解だ。ろう者と難聴者では必要とすることも全く違ってくるしそう言うことへの思いの底が浅すぎる。様々な障害全般にわたっていろいろなことが言える。

もう一つ例えばで言えば、障害者とボランティアや介助者、通訳者がいた場合、障害児と親が居た場合。本人を無視してボランティアや親に話しかける。長年、実際に多く経験してきたし困った事に問題が起きると障害者自身もボランティアに頼り代弁をしてもらう。こんな事を言うから僕は友人とも喧嘩もしてきたし障害以前にそのひととぶつかったりともに喜怒哀楽をしてきた。

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犯人と社会に二重に殺された19名、まさかとは思って居たけど新自由主義以降の効率、合理性、利益主義、様々なものがこんな形になって現れるとはここまでは予想していなかった。この事件以前に酷い差別や問題は起きていたけれども、普通に迎えられる日々を、暮らしを奪われた。無念だったし怖かっただろうしまだやりたいことは山程あっただろうなあ。

優生思想のもとに障害者虐殺の計画を練り実行したのでは言われているようにナチズムの再来であってはならない問題なのに事件がどんどん消されて行くことにとても悔しい。あろうが事に、政府や厚労省は識者による対策チームを作り再発防止に務めると言う。当事者団体も対策チームに入れないし、対策は悪意が社会にある以上ある程度必要だけれども、問題は「再発が起きうるような社会こそ」なのに。もっとも昔から障害者運動を阻んできたのは政府であり厚生省であり、当事者の粘り強い運動で何十年もかけてやっとここまで来たのに、監視を強化するとまでの間違った方向に時計を一気に戻してしまう。

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ずっと現場で時間も無く、19名の無念を思うと献花にも行きたい。でもどうも無理だ。なので事件以降、身の回りから出来る事で悼むこと、近所での助け合い、事件についての話を続けている。思いついたのは自分の暮らす地域での献花する場所やメッセージや何かできないかな?と。

事件以降、車椅子での外出や障害児を持つ親御さんなどいろいろ目に見えない恐怖を日々感じる社会になってしまったそうだ。今日は公民館にそういう事が出来ないか相談に行ってみるけどまずは自分の周りから少しずつ長く細くなんだと思ってる。

それにしても多分、国境を超えた人類、社会上の問題なのに無念や脱力感で一杯な終戦記念日。何も学んできていない事に悲しくなる。

まだ暮らして来たやまゆり園の辺りに19名の魂はいると思うと・・・・ご冥福を心からお祈りします。 合掌






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# by lifecanvas2 | 2016-08-15 08:23 | 日本システムの終焉 | Trackback | Comments(2)

差別の国(続) 〜無関心は暴力より卑劣である ガンジー

ブログを書いたり多分サミットに配慮して隠滅させられる報道姿勢に嫌気がさすのか、今回の沖縄の強姦殺人事件でいろいろメッセージや私信をもらった。自分自身でも悲しくて気持ちもうまく整理出来ないしすべての問題はつながっている思いはあるから続きを書いておかないと。

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沖縄の問題に意識を持ったのはずいぶん遠い。最初は亡き父が単身赴任で沖縄に行ってた。その頃ちょうど音楽にハマりだしとにかくパンクロックや英国ロックは特にNo more warや平和や体制に抵抗、ちょっと洒落た音楽で知られるポール・ウェラーのジャム後のスタイル・カウンシルでも「ホワイト・ハウスに爆撃」という曲もあるくらい。時代はサッチャーが登場しレーガンや中曽根の新自由主義が始まる頃だった。そりゃ民主主義が進んだ先進国で抗議が起きるのはもっともだし新自由主義は戦争さえ認める力を持っている。

新自由主義は簡単にいえば大きな政府を止め小さな政府にして政府は社会に出来るだけ任せ自己責任で市場経済に任せる原理、ここで暴走しているからトランプのような人間とピケティなどのリベラルの抑制が「世界では議論」されているのだけれど・・・日本にはない。全く無い。なぜなのか、と言うより無関心でものを考え無いよう教育、思考の操作をされているのだからヤムを得ないんだと思う。

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戦争というのは異常な狂気を生む、例えば戦後70年を経て歪な方向に進んでいるけれども開戦前から日本自体狂気の状態にあり蛮行を行い、最終的には広島、長崎の原爆での大量の犠牲も招く。もちろん投下した米国の狂気もある。戦争は狂気な状態を生む。

今回の強姦事件、比較にならないけど思い浮かべる事件がある。何度も繰り返される大学ラグビーの部室などでの強姦事件。毎回起こるたびに、大きく鍛えた屈強なまだ若い輩が酔って女性を暴行する・・・なんて凄惨なんだろう、怖かっただろう・・・逃げられなかっただろう・・・と胸が詰まるのにに繰り返される。

集団や統率やチームワークなどの命令系統、大学を背負って対抗のプレッシャー、勝利したことへの優越感やいろいろ魔が潜み強姦という化物になって現れる。こう言う状態は研究されていて心理学にあるはずだけれどもこの状態は他にも見られる。警察の不祥事からスポーツ、オリンピックなどの各協会の腐敗、国技と言われる相撲でも。高校野球でも活躍しその後ちやほやされて人生を台無しに転落するのもいる。

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沖縄で日常的に繰り返される婦女暴行。そして今回の強姦後の殺害。そして犯人は自殺未遂の前での逮捕。翁長知事が言うように「基地がなければ起こらない」それは真実なんだ。基地が必要なのは国家同士の思惑であったり、ものも言えない日本や黙っている日本人がとうとう引き起こしまた繰り返されるという自分たちが加害者だと言う意識が少ない、そう思うと95年から自分自身も忘れてしまっていた問題に情けなく思う。

もちろん加害者も戦争の狂気が産んだ、ある意味、被害者で今回は日本で起きたけれども米国では日常的に事件がある。今は無人爆撃機があるからアメリカ本国の部屋で遠い国の人間をボタンで殺してしまう。誤爆もあるし女性、子どもも殺してしまう。CIAさえ殺してしまった。なので罪の意識に苛みPTSDになる人間も増えている。もちろん自殺者や犯罪に走る退役兵も大勢いる。

昨年もあったけれどもPKOの国連平和維持軍従事者が現地の女性を強姦していた報道もあったけれども己のこととして考えられない卑怯な国では想像力は働かないと思う。今回の事件の構図と酷似しているのに。なので、かねてから胸を痛めているシリアや中東の難民さえ受け入れる風潮さえ生まれないことにずっと胸を炒めてる。たった5000人の難民申請、都道府県で割ればたった200人程度なのに出来ない。そんな国だから人道支援と言葉のまやかしでODAなど世界で六価クロムなどの公害を起こしていることも知らない。

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お互い様、おかげ様、お世話様、ものを大事に、そう言う本来あった美しかったはずの日本文化はどこに行ったんだろう。沖縄の問題であればもっと考えればいろいろな考えも出るだろうし悲劇を繰り返さないためにも必要なのに、サミットのために尊い命と事件さえ抹消し伝えない国家、考えない市民。それは犠牲の屍の上を平気で歩くことなのに。これと似たことは東京の電車の人身事故を思い出す、アナウンスに流れうんざりする車内、命一つより自分の用事を優先させないといけない狂気の社会。人民統制の原則がある「武器を与えない、考える時間を与えない、金を与えない」いろいろ当てはまる。

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戻って新自由主義などだけど個人的に肯定する部分もあるしリベラルな部分もあって、そこには国家に従属しない依存しない形も模索する必要があると思ってる。例えば最近ん起きているフードバンクの草の根的な展開もそうだし、身近でいえば野菜の直売所ですらそう。日々の暮らしを思えば昔の知恵に学び、おかげ様お互い様、恵みに感謝して、もったいない=命を頂いて日々コツコツ生きる。シンプルなんだ。

原発事故以降の数年、そう言う経験をすることが出来た。地元の人も支援に来る人も身分も肩書も年齢も関係ない。あれだけの天災と事故だから人間ひとりでいきていけないから自然に手伝い助け合い感じて考えていろいろな日々過ぎていく、国家や経団連の経済なんてものは実際役立たないことが身に染みて分かる。

でも沖縄にせよ原発にせよ世界の戦争にせよ、、、考えて継続することがあまりにも無力だ。社会という巨獣に民は無力だ〜プラトン。太古の哲学者さえそう言うのだから、生きる苦しみ、人間の業を感じて背負って無関心でいないよう生きていくしか無いんだと思う。

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無関心は暴力より卑劣である ガンジー

たまに 忘れることもあるよね にんげんだもの みつお(嘘 ゆうすけ)



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# by lifecanvas2 | 2016-05-23 06:56 | 振り返る事 | Trackback | Comments(0)

差別の国 〜「みんな」が抱える闇

沖縄で痛ましい事件がまたもや起きた、記事で読むとなんども繰り返されるのに犠牲を沖縄に強いるのはどうなっているんだろう。「最低でも県外へ」訴えた鳩山元はおかしかったにせよ沖縄県民つまり国民の声を代弁した。その後大きな理想であったとしても今回の事件の前に国家、市民は犠牲を減らそうとプランBの策を考えなかった、ルーピー程度で萎縮し意見も言えなかった。となると市民、国民は同犯の加害者であると思うと哀しい気持ちでいっぱいだ。個人的に最低でも県外なら新潟でも良いと思うのに。

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最近、ちょっとしたことから差別の根について考える機会があって昔を思い出したことがいろいろあるからメモのように日記。子供の頃、坂本龍一のFMラジオ番組にデヴィッド・シルヴィアンがゲスト出演した。当時、映画「戦場のメリークリスマス」がカンヌ受賞でその後、同曲にシルヴィアンの詩と歌の「禁じられた色彩」をリリースしたばかりだった。

ゲストのシルヴィアンに最近どんな曲やどんな本を読んでいるとか言うような質問に「非色や三島由紀夫を読んでいる」ような話があってガツンとやられたような感覚だったのをなんとなく覚えてる。まだ小学生か中学生の頃だから海の向こうの音楽に憧れ、文化、文学は読んでても灯台下暗し、日本文学の古典を読んでいなかった、反省。慌てて有吉佐和子の「非色」や三島由紀夫など読んだ。非色、戦後の黒人米兵への売春を通し結婚しその後、渡米の話。子どもだったから衝撃だった。差別がいかに根深いものか・・・物語を通して感じるようになった。

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んで最近、Netflixでオレンジイズニューブラックを3まで見終えた。女性刑務所の様々な人種や思想、文化の違いや貧困や格差社会のアメリカ社会の今。ここまで描写して良いんだろうか?・・・と思うほど直球なドラマ。人種の坩堝というけど実際はそうでなくて区分というのかなそう言う形で社会を形成している。なんとなく知っていたのはたまに読む本で日米の人間形成の教育比較の書籍などがある。

興味深いのは、多様性をまず考える教育とスローガンなどのもとに集団一致を目指す教育。自律性もある。子育てでも考え方もあるだろうけど、よく日本だと「子どものために◯◯な未来を〜」などというけどそれにずっと違和感を持っている。おおよそバブルが弾けてから貨幣にしか価値を持たない社会はいじけているけど大人が生きている今のこの時間を謳歌出来ない問題、いろいろ世の中にある問題に気づき考えないし解決もしないでなぜ子どもに明るい未来が来るのだろうか。。

それが集団でものを言えない同調圧力であったり、昨今の安倍政権や震災、原発事故以降のものも言えない空気を読む社会、それが差別の温床になっていることに気づかない。今を生きる大人こそが感じている閉塞感、行き詰まり感を飲み込む社会、問題だらけを解決する努力も怠り、そんな状況で子どもに未来を託すことを愛情とは世界では言わない。諦めとガス抜きの現実逃避だけだ。

多様性の教育には人種や宗教、文化、もちろん障害すべて含む。それは過去の反省を繰り返さないと言うのもあるし問題に気づき解決するべき力が常にあるからだ。みんなとEveryoneの違い、みんなはある物差しにそった人間を指すけれどもEveryoneは沢山の物差しの数からまず認める大きな違い。だから物差しが違う分、衝突し理解をしようと努力し解決点をずっと考えていく。

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最近聞いた話で渡米した子どもが黒人と結婚するということで悩む方がいたという話を聞いた。島耕作の漫画であったり有吉佐和子の世界のそのまんまだけど、やっぱり「みんな」は差別を含むんだな・・・・と根深い気持ちになった。当の親たちが理解し賛成しても親戚は蔑み差別を言う、おおよそ先進国とは言いがたい人種差別があるのは哀しいキモチになる。お隣中国や韓国のことも理解しようとせず日本賛美の番組や風潮、オリンピックやスポーツに見られる異様なまでの集団同調と賛美で考えないのだから致し方無い民族なのかなとも思う。すがるべき拝金主義の経済も崩れかけなので、歪んだ自己肯定賛美はもはや気持ち悪い域にもなっている。じゃあそんなに賛美される国ならなぜ今回の事件は起きたんだ?

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沖縄の今回の事件、翁長知事の言うとおり「基地があるかぎり繰り返される」悲痛な叫び。大田知事の頃の小学生、強姦事件と変わらず繰り返され今回は殺されてしまった。沖縄の問題は根深いし、子買いの島という話もある。中学校までは各離島にあっても高校は本土にしか無いので高校で寮生活を送るけれども基地由来の様々な誘惑もあって道を踏み外してしまう背景がずっとあるということ。それ以前に子どもがいなくなると学校閉鎖で離島自体が無くなってしまうという危機感。

もう一つ軍の構成も問題で格差社会のアメリカで兵役志願も生活のためなど背景をいろいろ抱えている。議員などは経歴に箔をつけるために従事するけども一般兵は違う、ベトナム戦争からイラクやアフガン後の犠牲や帰還兵のPTSDなど自殺を考えても歪んでいる背景がある。

そう言う中での哀しい20歳の命が亡くなった事。根っこにはいくつもの差別が絡まっていると思うと繰り返さないためには沖縄に強いている犠牲を取り払う、差別を取り払わなくては行けないのに。経済やお金の前にそういうことを考えられないのは、文化、教育、習慣、無関心ならなんて卑怯な罪深い国や市民なんだろう。

「みんな」の幅を広げる、無関心でいないこと、理解をする努力を日々していかないと悲劇は何度も繰り返される、強姦事件も年間相変わらず減らない。東京や各地でそんな事件が起きたら大騒ぎするのに。そう言う空気読む社会なんか嫌だなあと思いながら、投稿!

〜現場行ってこよう、最近いそがしくて音楽に十分時間を取れてないけどこう言う事をコツコツ考えていくことも大事に思ってる。

合掌

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# by lifecanvas2 | 2016-05-21 12:02 | 振り返る事 | Trackback | Comments(0)

こつこつしては寝かせるの大事。たった20年ほどだけど。

脊柱管狭窄症の手術から1年経過したので1年検診で亀田病院に先日行ってきた。春もあって三寒四温、痛むときは気圧か冷えか、人間気象台は便利で新しいアンテナも増えるかもしれない。五感+@ならこれからも付き合っていかないといけない腰痛ライフもなかなか良いのかもしれない。まあ車も30分乗ると腰が固まるのか痛くなる、ましてやセレナは椅子が高い分左右に振られると痛いので、もっぱら自転車生活、狭窄症は自転車と相性が良いらしいけど本当だなあと実感する。

1年検診で先生に見せてもらったレントゲン写真は椎間板がすっかり無くなって4と5の腰椎がくっついてた。もう無いんだ・・・・でも「状態もいいのでこのまま行きましょう、痛みが出てきたら来てください」との事で予約検診も終わり。「1,2年でゆっくり治癒」を考えてくださいだったから2年目スタートだ。

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昨年の手術前はストラヴィンスキーの本を読んでた。んで今年、何かがぐるっと回って偶然ナディア・ブーランジェに行き着いた。ストラヴィンスキーとも交流があって多くのひとが彼女の元を訪れて教えを請うたらしいフランスの作曲家であり教育者。いろいろ知った音楽家が彼女の元を訪れ学んでいるので興味津々!・・・・だけれども情報がないので本を探してたけれども高くて躊躇してたし今年読む本は許容量をもう超えたかもしれない、、、、けれども数日して閃いた!。
「図書館ならあるか?!」。検索したらちょうど気になる2冊が蔵書であるので翌日急いで借りに行った、陳列にないので聞いたら「蔵書管理の中にあるので取ってきます」、ありがたや〜!
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そんな訳でいま読んでいるけれど・・・・・ずっと試行錯誤で間違ったり戻ったりぶつかったり凹んだりして来て考えてきたこと漠然と妄想ぼんやりとこつこつして来たこと。。。!、ブーランジェは恐ろしいほどの熱意と誠実さを持って対話の中で答えてる。ずっと感じたり考えてきたことに骨格を与えてくれるようなメッセージが書かれてる。うーん・・・・やっと今だからこそ辿り着いて良かったんだろうな〜と実感する。こつこつは大事で何事も10年100年計画以上だ。やっと半分くらいまで来て本が付箋だらけになっている、後半分も大事に読もう。

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もう一つ、20年ぶり以上に貴重なライブDVDを観た。「矢野顕子S席コンサート」、東京修行時代の頃、スクールで観た衝撃。矢野顕子、ギル・ゴールドスタイン、ミノ・シネル、トニーニョ・オルタの4人の奇跡きせきキセキ!、小岩のボロアパートで見てた記憶を思い出すなあ、当時食料などで教えてた生徒っつーか友人と酒飲んで見てあまりもの良さに感無量で泣けてしまった。矢野顕子が感無量で泣いたと思ったのは勘違いだった、まあ曲の中で涙浮かべているのはあるけど。

矢野顕子さんnの近況はわからないけどその後その他の3人は幾つかアルバムを持っていてトニーニョはマイフェヴァレットなのでともかくギル・ゴールドスタインのアルバムは愛聴盤。少ないんだ、リーダー作が。でもずっと聞いてきた。そう言うアルバムは何枚かある。

んで20年経て改めて観ると・・・・当時わからなかった感じなかったとこのアンテナが出たのか?腰痛アンテナか?、昔読んだ本が新鮮になるように新鮮に観た!ピピピ!だった。商業音楽と創造性はなかなか合致しにくいと最近よく思うんだけどそんなもん軽く軽量オーバーしてる・・・・凄いなあと同時に20年経って観てよかった。

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メディスンマン、インディアンの話や古来伝わるシャーマンの言葉に興味を持って長い。インディアン(ネイティブ・アメリカン)の言い伝えの一つに「自然は調和を持って生きている、なのに人間は勝手をしてばかりいるから惜しみない努力をしないと到底自然は人間を受け入れてくれない」というそうだ。

最近の情勢、日本も世界も悲しんでる、傷んでる、苦しんでいる。なんなんだろうなあ・・・と思いながら考えをやめること、無関心になることはしないけどシャーマンの言葉からはおよそ真逆の方向に世の中は進んでいる気がする。。。。神童や仏教があるからこそ大事にして来た文化がガラガラ崩れていっている。大量消費に大量廃棄は突き進み、物があること、それまでの背景に思いを馳せることを考えなくなって閉まっている気がするんだなあ。あれだけの震災があって原発事故もあってまだ大勢の人が苦しんでいるのに・・・なにか浮かれ歩いていると言うか地に足がついてなくて一億総活躍どころか一億総浮遊状態でぷかぷかなのかな、じきに富士山超えちゃうんで無いだろうか。まあ社会巨獣には庶民は逆らえないので何事もコツコツするしか無いんだ、とか考えたら最近ピアノの練習サボってる(´・_・`)。弾くわけでないけど閃きやアイデアが出るのでこれもコツコツだなあ。

とにかく時間おいて寝かせてたった20年、この先もコツコツらなあと思っ日だ、腰痛も若い時バキっとやって以来意味あって出てきたんだろう、手術成功して1年でまだ痛みも出るけど腰痛ライフもコツコツら!よし!即興投稿メモ!(๑•̀д•́๑)キリッ!

〜長時間運転や現場で浜通りも行けてないなあ(´・_・`)いろいろ来てくれるのに(´・_・`)





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# by lifecanvas2 | 2016-04-11 00:58 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

誰もが苦しんでいる、世界も苦しんでいる

早いもので3月ももう下旬、今日行った現場の加茂までの道中や山中は梅が咲いてたり竹林の伐採を焼いてたり春の気配たっぷりだ。もうすぐ腰痛手術から1年、思うことおっぱいいっぱいあり過ぎて4月の1年検診もどうだかなあと。歩けるには良いけど早歩きや走ることは到底無理でいずれは金具で固定手術受けないとダメなんだろうけど何年先だろうか。まあ腰痛人生もいろいろ教えてくれる。

   *

哀しい事件がベルギー、ブリュッセルでまた起きた。もっとも中東、シリアやイラク、多分リビアなどでも凄惨なたくさんの人が亡くなるそれが日常なのは報道しない。背景はもちろんこうなった経緯や考える事をさせず日々どうでもいいニュースを垂れ流されるとうんざりもしてくる。

安保法制以来、戦争法案反対の声も高まって来ているようだけど湾岸戦争後、イラク戦争なども日本も参加し今の情勢を作っていると思うともうとっくに戦争に加担している気持ちで一杯で情けない。昨年のフランス事件の前にアメリカの無人爆撃による空襲に賛同しているのは日本や中東の親米国くらいだった。アサド政権の残虐さなどは島国に入って来ない。

そしてこう言うニュースも入ってくる、3Dプリンタで無人機。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46390

昨年ピケティが話題になったように資本主義は暴走すると抑制出来るのは民度なんだけど世界情勢はますます混沌としているように思う。日本に至ってはクローニー資本主義と揶揄されるように歪だから拝金主義が止まらない。格差の問題しかり、セーフティーネットの削減つまり生活保護を削減したり、子供の貧困を救うフードバンクすら有志で始まったばかりでその根底と繋がるのが今の保育園問題や高齢化やマタハラさえ言われる問題に繋がるのに。

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2月、彼女のお母さんが誕生日でプレゼントを何を?と考えてた。読書が大好きでいつも手作りの惣菜やらいろいろ頂いて感謝してるのでいろいろ考えた。多分読んでいない作家さんは誰だろう。。。思ったのが池澤夏樹さんだった。英国の「すばらしい新世界」同名タイトルの日本からの挑戦をしてみたかったんだろうねえ。

これを読んだのはかなり前で沖縄から始まりネパールで風力発電にチャレンジする商社の技術者と家族や現地でのストーリー。かねてから池澤さんの著作は綿密な取材とその土地に住んだり行ったりそこから俯瞰する乾いたリアリティが常にある。虚構の中に真理を埋め込む、池澤さん自身の言葉、言い得て妙だなあといい作品が多い。

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昨年ネパール、カトマンズで大地震があった。「東北の大震災」を経ての世界から助けてもらった日本から、直感的に義援金はしたくなかった。この本を読んでいろいろチベットに興味を持っていたからかも知れない。そうしたらカトマンズの少年、ネアゴくんが物資の支援を求めてきたのでつたない英語と裕福でないから送れるものを詰めて送った。2〜3週間かかるんだチベットまでは。年が明けてからは防寒具がなく寒い!というので遅ればせながら衣類を探して送った。

義援金が届かない、役人の腐敗、重機がない、生活物資自体が乏しい、いろいろな想像力が考えても分かるようで分からない。そのことが大事なんだと思う。高校生くらいの年の彼が直接コンタクトを取ってくる、インタネットのインフラも足りないから時間も限られているだろうし復興の作業にも毎日大変だろう。たくましいなって思いながら彼は音楽をやりたいんだ、でもそう言う環境がない。それは現実。

  *

池澤さんの本で腰痛手術前、後藤さん人質事件があった時、彼の伯父であるイスラム教学者との対談集「ぼくたちが聖書について知りたかったこと」を読んだりしてた。合わせて子供のころ背伸びして読んだ国家論関係を改めて買い求めたりして読んでいた。成熟の次の腐敗の繰り返しによって、官僚や階級の腐敗によって歴史上、ギリシャやローマ、いろいろな国家が消滅してきた。

国家自体の定義が曖昧な日本では問題を直視せず賛美ばかりの番組を垂れ流しているのは疑問だしあの震災もあって原発事故もあったのに末期症状なのかもしれない。日本という概念すらここ200年ちょっとでその前には日々意識しなかった概念なのに東京でオリンピックはするわ選手や受賞など活躍に賛美したり、欲求が満たされていないので何かに帰属したり依存しないと満足できないんだとなんかで読んだ。

こう言うコンビニ状態の日常を送っているとアンテナ力が弱くなるんだと思う、便利だけど閉ざされた空間からしか選択がないことは工夫の退化や知恵を醸しだしたり失敗するチャンスを失うと思うと不便を選んでするくらいがちょうど良い気もする。世界はそう便利でないはず。

  *

イスラム国以降の世界は苦しんでいる、誰もが苦しんでいる、デヴィッド・シルヴィアンのWorld Citizen。そういうことを考えたりしたのは空海だったりしたけどDNAは薄れてきた気がする。今回のベルギーの事件を受けて日本で難民認定をまつ人は5000人くらいだったはず、都道府県で割ればひと県あたり100人ちょっと。なぜ出来ないんだろう。将来イスラム教の人口は世界で1/3ほどになるはず、ハラールを学ぶ機会でもあるしインドネシアなど東南アジアでも宗教は混在しているからいい機会なのになあと思うWorld Citizen、日本人の前に大阪生まれだけどエチゴン(越後ん)だし山田りあんでいたいなあと思う3月。

叶わない話になりそうだけど負の連鎖がどうか静まるように。戦争、空爆反対なのだ。自然災害に勝てない地の利のある国からこつこつ思うことおっぱいいっぱいだなあ。

あいかわらずまとまらないけどエイ!と投稿
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# by lifecanvas2 | 2016-03-24 02:30 | 振り返る事 | Trackback | Comments(0)

まとめ日記

日記をサボると良く無いなあと思いつつMacに座るのが苦痛なのでついつい億劫になる、座れる気分の時はつい鍵盤病でピアノの前に座って遊んでいるけど一向に上手くはならない、まあ良いんだピアニストなる訳でないしいろいろ感じる発見やコツコツだ。

目まぐるしくも世の中は激動で諦めていた通り安保法制も国会承認されてしまった。まだ強行採決から1ヶ月も経たないのに安倍が言う「時が経てば国民の理解が進む」とばかりに報道さえ消えて行く、凄い世の中と歴史の変動の時代に居るんだなあと思う。今回は憲法違反と言う状態で通過させたのだからこの状態を100とすれば80でも60でもなんでも法案は通るよと言う危険性なんだ。議会制民主主義なんだから仕方ないと言う声も随分見たけれどもそんなに機能している議会どころか、その議会を動かしているのも復興予算さえ泥棒する腐敗官僚なのに。

腰痛手術退院以降、イスラム国の人質事件があって対テロ戦争の構図やODAのあり方や国家論の本などを久しぶりに読んでみた。なかには若い頃ではちんぷんかんぷんで分からなかった事がすこし見えることもあってもんもんとする。収奪を始めとする労働力商品にまつわる資本主義は暴走して抑制する機能は持たない、なので戦争も起きるし搾取や貧困も起きてその連鎖の繰り返し。恐慌や破綻さえも予定調和なのだから最後の行き着く先まで行かないと崩壊しないと言う原則がある。この辺から中東やイスラム圏、アジアの事をボンヤリ考えているといろいろな事を感じる。政治だけでなく経済、文化、宗教や慣習なども飲み込む巨大な力、やっぱり巨獣はいるんだなあと実感する。

   *

近所にビデオレンタルが消えて相当経つのですっかりHuuのお世話になっていたけれども先月あたりからNetflixが日本にも来たので試しに無料体験中してみた。配信の趣向が違うのだろうけどこっちはドキュメントが充実していて噂で聞いていたけど放映や上映はされないだろうなと言う作品がゴロゴロしてる。凝視するには辛い現実の作品がかなりあり分野も多岐に渡るんだけど、日本じゃ制作出来ないものばかり。ツアイトガイストまであったから規制はかからないのかと感じたけどGoogleが普通にあるから情報は得に行く時代なのかも知れない。オリジナルを制作したり配信するには問題提起や批判も伴うだろうと思うけど蟻と象ほどちがう。安倍の親しい友人、楺井を会長に据えたNHKはもはや国策報道になっていて公共放送の責務を果たしていないし後藤さんが殺害されジャーナリズムさえも自己責任で見捨ててしまうのだから致し方ないのか。問題は気付かないと解決しないはずだけれども問題は沢山転がっていて震災以降の無策からシリアの難民問題、TPPまで問題だらけだけど気付かない様に日々が過ぎるようになっている気がする

   *

久しぶりに日記だと多岐過ぎてまとまらない、いつもだけど。音楽人生も変化あったり生徒も増えたり、先日は刈羽原発反対のステッカーをどうぞともらった。一見寡黙だけれど熱い魂なんだろうなとかいろいろで愉しい。いろいろな人の音楽人生、変われば株価や世界経済の展望のこともあるし面倒な曲を愛すやつも居るしポップだったりそう言うのをしていると自分が何をしたいのか悩む再発見もあるし良く分からんような分かるような。

ブログは続けんとアカン。とりあえず最近のテーマはワールドシチズン
苦しみはそこら中だ




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# by lifecanvas2 | 2015-10-12 10:55 | まとめ日記 | Trackback | Comments(1)

退院後の受診

5/8、退院後の最初の受診日でした。4/6に退院したからおよそ1ヶ月、入院中に受診日聞いた時は(随分先なもんなんだなあ・・・・)と思ったけど狭まった脊柱管の神経を広げたのだからあとは自身の治癒力と説明されていたので納得。それでも急な発熱や目眩があれば直ぐに電話をとの事でした。

先にレントゲンを撮ってもらって受診を待つ、いつもながら待合は混雑の大繁盛で2時間半以上の待ち時間。さすがにそんな長くはいつも座らないので患部がずくんずくんして来る。待合時間にアンケートを2つする、紙で書くものとコンピュータでクリックして答えて行くものだ。両方にあるのだけれど腰痛による気持、精神的な負担と言うのか結構設問がある。書籍などでも読んだけれども確かに朝から晩までおまけに寝たと思ったら寝返りで痛い!四六時中こうなのだから気持も腐り荒んで来る。さすが専門だけあって病を見るだけでなく患者の生活の全般を見るアンケート、つまりQOL(生活の質の向上)を考える専門家、さすがだなあと思った。

待合時間、なんと入院中同室だった年配の方(Kさん)が奥さんと一緒におられた!あちらも僕の顔を見るなりすぐ分かってお隣に座って話したものの様子がおかしい。僕の退院後に手術だったのだけれども、その方は退院後の経過がよくなくって3〜4回目の通院だと行っている。見るからにまだ痛そうだし自宅に戻って直ぐに元の足の痺れや痛みで術前と変わらない状態だったそう、切ないと言ってる。杖も使って歩くのもシンドそうで術前の自分を重ねるといたたまれない。

長い待ち時間の後、その方が先に受診でその後が僕だったのだけれど、腰痛十人十色千差万別なんだなあとあらためて思った。その方も検査入院、手術入院と何かの縁でとにかく同室だったのだけれど歩行器を使った方が良いくらいの背中の曲がりで僕も病室の他の人に言われたし重症度は30kgくらいあった。Kさんは昔にも手術をしていて2度目でした。狭窄症は手術後、他の腰椎への負担でまた手術とかも読んだし僕も今回腰椎4番5番の椎間板減ったとこは何もしてないのでずっと先にまた手術もあるんだろうなと何となく覚悟もしてる。

Kさんは前回の手術の時にすこぶる快方だったようで今回は落胆していた、そうだよね。変わらないと本当切ないと思うし支える奥さんもシンドそうだ。受診の結果どうかなと思っていたのだけれどやはり術後一ヶ月では神経が痛んだりしていると治癒はまだ先でしょうとの話で落ち込んでおられた。そんな話を聞いていたら僕の受診の番になった。

自分の経過あを書くと左足の痺れは7割は消え背中を伸ばす事が可能になって来た。最近困るのは便秘だ、臀部に痛みが出るときがあって息むと比例して痛みが中からぐりぐり出て来るような痛みで踏ん張れない。運転は退院後して余りにもの激痛で懲りたのでずっと控えてたけど感覚としては大丈夫な気がする。載せてもらっていても痛みが和らいで来ているし。車は本来の人間の歩く力以上のものだから発信や停止、曲がり道に重力を感じる。だから散歩が良いなと散歩にしてた。病院で型をとり作ってもらったコルセット、これはしてないとタコの様にフニャフニャになりなんも出来なくなるから心強い味方。でもお腹から足の付け根までがっちり固定されているので制限も多い。

先生の説明は「重症だったからまだ散歩とかも頑張んない方が良いよ、まだ1ヶ月だし神経の治癒には時間がかかりますよ」と。便秘も神経から来るし残尿感のような排尿障害もまだあるのもそのせいだと。コルセットも退院後1ヶ月では無くまだまだしばらくつけておく様にだし「退院後の生活のしおり」をあらためてさっき確認した。

Kさんに比べると雲泥の様に良いのだけれどまだまだなんだな。Kさんは座薬の痛み止めをもらい自宅でまだ安静を指示されて御夫婦で気落ちしていた。市外から来ていてタクシーで来たと言っていた。距離を思うと1時間以上か、、、金額も片道1万円はゆうに超えそうだ、、往復2万円以上を退院後数回。ご自宅の様子は分からないけれど退院後の毎日を思うと病院ほど家と言うのはバリアフリーではないし痛みで動けないし切ないんだろうなと想いを馳せてしまう。商売も出来ないだろうし奥さんも支えて疲れるだろうし通院の費用も負担大きいだろうにと思う。

脊柱管狭窄症自体が腰の長年の負担で高齢者が多いので待合も9割以上がそうだ。入院中6人部屋を2回だったけど農業、漁業、建設業や1次2次産業の方が年配の方が多かった。手術も2度3度目と言う方も多く、腰痛、手術の先輩が居るのはありがたくためになる話や同じ気持で通じるところもあるのでイイ入院生活をおくれた。

僕は次の診察は半年空いて10月なのだけれどKさんは会計を終えて帰られたようで次はいつなんだろう。待合室には脊椎フォーラムの講演DVDがあってその中に「無駄な医療費と時間を無駄にしない為に」のテーマがあると掲示されている。この題名見た時に凄く同感したし腑に落ちた。

世の中は社会保障を削る方向に進み、配慮や想いが行かないようどんどん加速して脇目もふらない様に思えて仕方ないのだけれど暮らしの基礎を支える農業や建設や身体を使って来た人たち。高齢で今までの負担が腰や首に出る、多分脊椎関係の手術はここ数十年で目覚ましく進歩したのだろうと思う。昔は見た腰が曲がり切って慢性化してるじいちゃんばあちゃんを見なくなったのもそうだと思う。昔野菜売りに来ていたばあちゃんもかなり曲がっていた様に思う。食料基地と提言するよう新潟は農業従事の方が多いので人の暮らしを支える食などに携わる高齢化。何とかならないものなんだろうか、、、常日頃、暮らしや食べ物の質や形態が変わって来ていて見えない過程を思うのだけれど社会は違う方向に進んでいる様で上手く行く気がしないので、こんなのではますます生き難くなるんでないかなと。回り回ってくるよ〜となお強く思う。もやもやして上手く書けないけど。

自分は経過がイイので焦らずゆっくりコツコツだけれどもKさんの痛みが和らぐよう考えてしまう受診後の毎日。また退院してから腰痛手術の相談は幾つも来たりバトンのようなもので分かる事は出来るだけ相談乗りたいと思う、ずっと会ってない高松のおじも狭窄症なのだ、手術前は沢山良いアドバイスをもらったけどおじはまだ手術してないし他の方もそうなのだ。それも十人十色、ただ経験や見たり聞いたりで思うと重症化してからは治りが遅いんだなあ、また術後も人それぞれ。ともかく同室の人、回復を祈りたいのです。

散歩はしばらく控えようの朝


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# by lifecanvas2 | 2015-05-10 05:15 | 腰痛さてさて | Trackback | Comments(2)

Right place, right time なのだ!

腰痛の手術前から読んでた本が「ストラヴィンスキー」、彼女の音楽師匠がお引っ越しでもう視力が良く無いから書籍も処分すると言うので前から気になっていた本を随分頂いて来たうちの一冊。1月に腎盂炎のような急性感染腎のう胞で入院してた時はメシアンの本。これもいただいた本。メシアンの感じは良く分かんなくて日本の和や能とか森の闇や獣の声、鳥の声見たいのを感じていたんだけど20年近くを経てそれが当たっててびっくらした。まだ全部分からないほど難解でも興味深い、結局祈りだよとかそうなるけど。

んでストラヴィンスキー。加藤さんに薦められて「お前クラシックとか聞くと良いよ」ってラヴェルやドビュッシーなどと一緒に聴き始めたのが20代前半。ストラヴィンスキーも火の鳥、春の祭典とか位しか知ってなくて、それでも音楽性やサウンドがイイと好んで聴いていた。もともとジャズに興味ありお互い影響し合っていた人だから本の中でもその話も出て来る。舞踏音楽でも1期と2期があってロシア時代の民話や原始宗教に題材を得たもの、アメリカに移住後、ギリシャ神話などを題材にした時期。当時の美術家や先駆的な振付師などの共同でいろんな事をしてた。

そう言う時に生徒に言う割にはずるをしてしまいYoutubeなどでいろいろな作品が聴ける、前期で10作品、後期で11作品もあって全部作品ごとに変わっちゃうのでカメレオン音楽家と言われる。音楽から見た舞踏、Balletなどを考えていて舞台装置やいろいろな事を考えたりその演出もコクトーが手がけているものが会ったりするそれが兵士の物語。良いなと思ったのがAgonとOrpheusとカルタ遊びとかで全部違う。さすがに聴いていると大音量で広告が流れるのでアルバムを探して見てもiTuneでは未収録の曲もあるのでCDになる。

    *

CDは前にも書いたか年にせいぜいもう5枚、本も5冊前後と何となく思ってる。その一枚だからお店で買いたいけどなかなかそう言う事が困難になって来てる。Amazonとかだともちろんあるんだけど店員さんの造詣の深さとかそう言うただ買うだけでないありがたい機会がどんどん減っている。お店自体が商売として成り立たないので造詣の深い店員さんが居ても万事が消えてしまうのだけれども選ぶ力や失敗やいろいろな機会を失っている様で良いんだろうか、やはり悪いんだろうな。

幸い無くなったお店が復活してあるのが分かったので、やっぱりそこで手に入れたいなあと久しぶりに思った。ストラヴィンスキーでも20年以上、なんか理屈じゃなくて好きで本に出逢って勉強してみてやっぱり聴きたい欲求は大事だなあと思う。なにせ情報が早すぎるから40超えてからなんか億劫で面倒になって来たのもあるんだと思う。機会と言うのがあれば、その時にちょうど良い時に現れる様になっている。他は生徒が偶然持って来た教えてくれたものだったりそれは縁だったり機会だったりする。彼女の音楽師匠に会うのも20年以上経ないと会話も出来ず無理だったと思う。もの事や機会や縁はちゃんとそう言う時間を経てその時を待っている気がする。

   *

本はイスラム国の人質事件があって悲痛な事件だと悩んでちょっと遡った新書を手術前からずっと読んでた。自己責任の風潮が出たりそれはそうだけどその時の政府が邦人救出に限りない努力をするのは当然であって次元の違う話なんだけどひんやりした世の中を感じててメシアンの音楽と違う無機質な社会の気がした。それでも湯沢のスキー場で勝手に滑走禁止に入った東京の3人歯自己責任だと思う自分が居てそれは解けない。モヤモヤしていてずっと矛盾だった。

自称イスラム国のする事は当然容認出来ないし残虐なものだけれども背景を考えた時、遡った時、やっぱりどうだったかな?と思ってしまうのだ。イランイラク戦争から湾岸戦争、アフガニスタン戦争を経てイラク戦争、そして混乱。1月に言っていた人道支援も確か不明瞭な事が多いんだよなと思って日本のODA関係の本も読んだ。そうだ、、人道支援と言う大義名分の中で望んでも居ない開発を行ない公害なども起こしたり円借款でもNGO調査員と認定や金額などは非公開だったり、知らされていない部分は沢山ある。知らされていないと言うより時間が早過ぎて知る時間が無いような気もする。情報が多すぎると消化不良になるのでやっぱり多いとダメなんだ。

  *

もう一つが脊柱管狭窄症の本を返しに図書館に連れて行ってもらって偶然手に取った森岡正博さんの「現代文明は生命をどう変えるか」、対話集なので読みやすかったけど哲学者だから6人の対話者にどんどん挑む本。文明管理社会、不登校、障害問題、脳死、臓器移植、優生思想、病気や老いと死、すげええテーマでその道の専門家に挑むんだけど一番驚いたのが自殺する細胞があると言うこと。アポトーシスと言うらしい、生物学での発見でかなり前らしい事で壊死(ネクローシス)ではない、あらかじめ遺伝子に死ぬ事をプログラムされた細胞の死を持っているんだと言うのは驚いた。

臓器移植も時代を経てかなり問題が出ているらしい、提供を待つ側は早く手術をしたい=新鮮な臓器を望む=自分に合うどこかの人の死を渇望していると言う倫理問題が既にアメリカでは深刻化しているらしい。脳死では鮮度を保つのに遅すぎるから提供しちまおう!って言う事が現実に起きているらしい、確かに米ドラマ見てると幾つもあるから社会問題化しているんだろう。。アポトーシスも発見を受け入れれば良いんだけれども、多分文明と資本主義はその遺伝子を改造して延命する=長生き商法に移って行くだろう、、、それはダメだろ、いかんだろ、と大きな問題と思ったけど恐らく資本主義の暴力的な欲求は突き進んでしまうだろうと言う。

アポトーシスの発見を社会に持ち込むとマズいのだ。人間と言う器の中の出来事を持ち込むと多くの細胞の為の望まれた犠牲の死を容認する事になる。これが気持の悪かったイスラム国人質事件の疑問だった、スキー場の事は壊死のようなネクローシスに感じるんだけど、身体、つまり社会の利益の為に死を渇望するアポトーシスの考えを持ち込む事は危険だと言うこと。ずっと悩んでいた事も3か月寝かさないとダメなんだ。。そう言う事も機会や縁なんだと思う、流されてしまうと多分無い。

   *

そんな馬鹿などうしようの無い事ばかり考えてて退院後徐々に生活に慣れて来たけれどもコルセットでギター練習は上手く行かない。だkら諦めてピアノ練習に切り替えたと言うかなんかふと思った練習方法が閃いて上達はさっぱりだけれども何かあるはずだと思ってやっている。ベースを弾いた時も位置が変わるような気分があるけれどピアノもある。かなり後ろと言うか全体像を見るような気分になる、弾けないからかも知れないけれどギターを弾く立ち位置と違う気分で面白い。

そうしてるとインタネットで世界中のいろいろなピンキリのミュージシャンで曲を創っちゃおうと言うのを見つけて気に入って慣れない鍵盤で遊んでいる。いろいろなものを聴けてアンビエントやノイズ、もちろんポップスも面白かったりするけど世界はいろんな文化でいろんな事してるなあと思うしアニミズムやシャーマンなんて言うのは日本古来にもあるのに薄まって来た様に思う。

そこで気になって昔買った細野晴臣さんの「アンビエント・ドライヴァー」と言う本を掘り出して来た。そこで目に留まったのがネイティブ・アメリカンの教え。

「正しい時、正しい場所」がある、"Right time, right place"

反対は悪い時、悪い場所がある、と言うそうだ。wrong time, wrong place。ちょうど手術もしてなんか腰も長年の負担がトドメに来て意味あるんだろうなと何事も思ってる、気張らず焦らずゆっくりコツコツ。何でもその位がちょうど良いので今日も天気が良いから散歩リハビリをして来よう。運転は出来ない、、退院後してみたら思ってのほか上半身が左右に振られて痛みが走る!早朝で良かったけど慌てて引き返して来た!やっぱり正しく無いときと場所だったんだ。今は散歩リハビリがそのタイミングなんだなとこれだけは忘れないで書いておこうと思ったら長くなった。

すっかり春



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# by lifecanvas2 | 2015-04-24 11:36 | 漠然と考える事 | Trackback | Comments(2)

手術後の生活メモ(退院後1〜3週に突入)

退院してから1週間が経過、まだ1週間の実感。腰痛にかんして文献やインタネットに世話になったので自分も書いておかないと行けない。

入院日は3/27金曜日手術は3/30月曜でした。腰椎弓切除術、先生の説明によると圧迫されて1/3になっている脊柱管狭窄症、5番腰椎の骨削ったりじん帯(図書館の本で見たら黄色靭帯と言う)を取って空間を広げるとの事。手術は「椎弓除圧術」で内視鏡の手術でした。数多くの手術をしていないと内視鏡は出来ないそうだ、そりゃそうだ。術中なんかあっても切って何も出来ないもんね。ベテランなんだなあと思う。

====途中で止めてしまったので再開

退院から3週目に突入、1週目は禁忌だった運転をして後悔したり、しゃがんで痛みやいろいろな事があった。洗面が病院のはバリアフリー仕様になっていたのでとにかく低いと万事がシンドイ。洗面は足を洗面下にしっかり預けて転ばないようかがんでやると良い。あと作ってもらった退院後生活用のコルセットが胸下から腰までがっちり固定しているのでかがむのは大変、ラーメンなんか本当食べるのしんどい。仰向け気味に食べるのは楽だけどラーメンはそりゃ無理だ。晩酌もあぐら禁忌だから膝を曲げて左手はしっかり机において食べる。良い姿勢を見つければ案外楽で手術前、晩飯でも途中でうんざりしてふて寝した頃とは大違い。

便利なのが病院にあったハンドキャッチャーだ!、これでかなり動作が楽になる。ハンドキャッチャー自体を床に倒してしまうと途方に暮れて凹むのだけれども。腰痛の味方「ハンドキャッチャー」
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  *

3週目になると内視鏡手術だったので傷は埋まり、削った腰椎、靭帯とかなのかな?内部がたまに疼いたり無理な動作や長時間で痛むこともある。散歩程度の歩行ならと退院後から始め、随分と歩ける様になってきた。左足の座骨神経が3~4割あるので完全じゃないけど手術前の歩けない、すぐ休む、足が出ない状態からは大きく改善されている。棒の様な感覚があるので少し変だけど問題ない。天気が悪いと気圧の関係で痛む?のか上手く出来ないけど短い距離を出来れば朝昼晩、朝夕とか歩く。

気を付けないといけないのは歩道で小さな段差に気付かずどん!と歩いたら脊髄に響いて動けなくなったのもあった。アスファルトは案外平坦なんだけど歩道の敷き詰めたブロックは波打っているのでそれ以降注意する様になった。

疲れたら眠る、多分外傷はほとんど良いけど中身が再生してるのか疲れモデル。そして案外起きたあとは痛みも減少しているのでまた散歩リハビリ。コツコツ焦らずゆっくりのペースはいい感じだ。コルセットは腿の付け根まで圧迫するのでギター練習がどうにもならない。なので2週目からピアノの練習をする事などに切り替えた、案外これが発見あって愉しい。

入院前からI. Stravinskyの本を読んでいていままで火の鳥、春の祭典、弦楽四重奏とかは聞いてたけどいろいろな発見があって勉強してた。見えるものへの対話としての音楽からみたバレエ音楽。1期2期に分かれるのだけれどもコクトーやピカソたちの交流もあり振り付けはディアギレフ、ニジンスキー、そしてGバランシンなどに移って行く。いろんな事を考えていたんだ。。。

  *

とにかく座る事が苦痛でMacも触る事も避けていた、仰向けで膝を曲げて天井を見ている手術前。あれが無いと言うのは気分もいい。昨日は天気もよかったので頑張って布団を干したけどずっと敷いていたので感無量な気もした。「ぴんぴんに戻る訳ではない事を承知下さい」と言う手術説明書にもあったけど、とにかく今は不便が会ってもとにかく十分。次の退院後の診察もGW明けの5/8。その位は経過を経ないと分からないんだろうな。デスクワークでも最低2週間、それ以外などは1ヶ月以上を見ての主治医の話。こつこつです。





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# by lifecanvas2 | 2015-04-23 09:21 | 腰痛さてさて | Trackback | Comments(2)

検査入院ほか

先週、検査入院にてミエロ検査、脊髄腔造影検査とやらを受けてきた。痛くて体がそって押さえつけられ、それでも跳ね除けたりしてしまい「背筋が強くて・・・井上さんスポーツ化なんかでも?」といわれ2人で抑えられ無駄に3度も打たれてさすが脊髄付近への造影剤注入は痛かった。。副作用を心配して2/25から3日間後退院、主治医の先生は腰痛人口多いのか多忙を極め、退院後後日、3/11の外来で検査結果説明となった。
入院中廊下で手術前の格好した先生、すれ違ったときに「あ、井上さんねー。やっぱり腰椎削れてるわ、詳しくは後日ね」

入院中、6人部屋だったのもいい経験で手術後明日退院の人、明日手術の人いろいろだった。めまぐるしく翌日も3名入院、全部腰痛で脊柱管狭窄賞だった。高齢の人は腰椎が太って狭窄するらしいことでお互いの話が出来たり痛そうで気難しいひともいて、、(痛いんだな・・・・・・)と心中が痛いほど分かったり。

入院前日まで腰椎固定手術を受けたラグビーをしてきて介護職をしてるらしい25歳の若者がとても痛そうだったらしい。術後あまりにもの激痛で看護師も見かね奥さんと個室に移ったそうだ。腰椎が動いて変色してる、削れてる自分としても聞いて穏やかでないなあ。

椎弓式か開窓式なのか分からないひとも手術後夜中ずっと痛そうで看護師さんの見守り、酸素の状態とかちょくちょく来てそのたびに目が覚めて暗い天井を見つめながら朝までどんよりしてた。翌朝、看護師さんに起き上がらしてもらったその方は夜中麻酔が切れてやっと痛み止めの座薬を入れてもらってとかいろいろ朝ごはんを向き合って病室でいろいろ聴きながら食べた。検査入院はなかなかためになる。ほとんど高齢で年齢による腰の負担で狭窄がほとんどだけど。

病院は新潟脊椎外科センターを開設しているので毎朝ベッドの大移動。同室の聞いた話では「手術後は動けないのでナースステーションの脇に移動するんだよ」とかいろいろ。「脊髄付近いじるからね」って。術後の痛みはブロック注射や脊髄注射の痛みみたいらしい。あれは痛い、、一晩中痛いのか。また遠方や他見からも来ているんだなあ、聞いた話は名古屋からわざわざと言う人も。

脊柱管狭窄賞の本もずいぶん読んだし手術も呼んだけど次の外来、検査結果説明が3月11日。震災から4年の日じゃないか。いろいろあったなあ。腰痛はもっと前から年に何度かは痛めてたしその度に5番腰椎と4番がぎりぎり擦れ合って削れたのかな。周りが手術で心配や騒ぐ?んだけどなるようにしかならない、難病だってあるしそんなに当人は気にしてなく医療事務のおばちゃんのタイツ姿っていいなーと思ってるくらいなんだけど、看護師さんはマスクしてるから怒ってないだろうけど表情見えなくて安静中抜け出してタバコ吸って来たらよく日ばれてたらしい。むー

寝てても腰がギョロギョロ、座る事も数時間であかんくなる。なんも出来ないしもうそろそろダウン。制限ある生活もなんか考えるものもある。アイフォンでゲームの合間に本読んだり。ただ狭窄で血圧が高いと本も読めん。150-120近いとかなるとぼーっとして鼻血でそうなくらくら。イスラムとアメリカ、ODAの事実関係の本を読んで思うことたくさんでおっぱい過ぎるなんだけど、また今度。
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# by lifecanvas2 | 2015-03-07 09:37 | 腰痛さてさて | Trackback | Comments(2)

腰痛日記サボってだめだ

昨年7月からの腰痛、もう半年はゆうに超えて8ヶ月。整形外科から整体、東洋医学、神経ブロック注射と行ったものの良くならない。各専門で違う分野のことには否定があるので腰痛、脊椎分野の医療の連携はまだまだ遅れているらしいことを実感する。整形外科選ぶと整体は保険利かないしまあそんなものなんだろう。混乱するのは腰の痛いこっちなんだけど。

どうも図書関係で読むほど腰椎すべり症ではないよなあと思いつつ、先日怪我の功名 腎臓で入院した際にCTをとってもらって見事に第5腰椎の軟骨がなくなってるのがはっきりで整体とかで言われた狭窄がひどいねえ・・の通り。すべり症も狭窄賞も症状はほぼ同じみたいだけれども。
紹介状を書いてもらって先週、亀田第一病院にいった。本で読んだようなテストなどをして専門ドクターは何を判断するのか分からないのだけど、結果、重唱なようなので「来週MRI後と診察を」と。ブロック注射などもかなり脊柱管が狭窄しているようなので液を注射することで、なお狭めてしまうと思われるからと言われ、効きが悪いなあと思うのもなるほどと思ったり。
神経がいたずらして坐骨神経もおきるし腰の骨がギョロギョロしている感じがする。間欠は行という休んで歩く、足が出ないとかあるしおいてあるスリッパにつまづいたり日記もサボっているので忘れた。とにかく病院行ってこよう、腰が痛くなる前どうやって生活していたのか忘れるくらいだ。

腰痛日記を書くのは難しい、メモメモ
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# by lifecanvas2 | 2015-02-20 08:16 | 腰痛さてさて | Trackback | Comments(2)

人質事件とその後に憂う

1月下旬退院して間もなくイスラム国での人質事件が起きた。結果、当初のイスラエルでの会見やエジプトでの声明、(安部・・・お前それはないだろ!)の思いのまま2人は殺害されてしまった。かねてからのでたらめ外交で世界中に金をばら撒き有名なのは米国債に50兆円も買うという、ばか者外遊外交をずっと危惧していた。夏ごろのシリアへの空爆は国際法違法性があると懸念されていたから有志連合なのにあの時期に世界各国から懸念もあったのに日本は空爆賛同表明も簡単に出す。

今日の2月上旬時点で後藤さんが殺害されてから1週間ちょっとなのに検証どころか世論操作って言うのは代わらず大したものだなと憂うし宰相として追悼するどころではなく、殺害される事件の最中に待ち望んで準備していたかのよう、矢継ぎ早に危険な政策がどんどん出てくる。昨日も降って沸いたODAの拡大解釈案である。どこからそんな話出たんだ?事件中から考えていなければそんな案は出ない。

人質解放には「全力を尽くす」を言っていたのも大嘘も露呈して何もしなかったことに全力を尽くしていた事も発覚もしているけど何も問われない。昨日の政府会見では検証委員会も政府設置のお仲間で検証すると言うでたらめさ。

感覚的に理解できないけれども自己責任を唱える国民も一定数いてそれを利用している。読売新聞の世論調査は恣意的なので信用に足らないけれども8割が自己責任を唱え、対応には5割以上が評価していると言うのにもうんざり。こう言った考え方は理解出来ないのだけれど無用は捨てる思想と他人の不幸を待ち望む風潮もここ数十年で顕著になってきた感がある。

これのどこが「美しい国」なんだろう、「おもてなし」の国なんだろう。

自己責任を唱える人の思考はそこで停止している、その危険性になぜ気づかないのだろう。結果はどうあれ時の政権、政府が全力を上げて邦人保護に努めるのは責務なのに自己責任で切り捨てるとそこで終わり国家の意のままの奴隷になることと同じくする。そこには当然民主主義などない。

やれる事はあったはず、例えば意図を違えて受け取られた人道支援を会見を開きメッセージとして発信する。有志連合であるオバマやキャメロンの発言は控えてもらう、当然だ、内政干渉だし国内の人命救出の問題だ。おそらく要求が変化したのは国民が騒ぐ要求は建前で他に国に要求していたこともあった想像も出来る。現に後藤さんの奥さんには昨年末にメールで要求が来ていた。しかし選挙を優先した。

  *

昨年ガザ地区へのイスラエルの容赦ない殺戮があった。あの時は世界中が非難し米国でさえもいまは距離を置いている。なのにのこのこ出かけ外遊する神経。この辺が世界の歴史音痴なのではないか。世界の3つの啓示宗教の問題は日本から見て学んでも心が納得しないほど難しい。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教。紀元前から対立は始まりイスラム教は紀元600年ほどに発祥だったと思う。

絶えず宗教を軸に戦争が起こり領土の拡大や奪還を繰り返しその主張は各々の神は絶対であるからにして無常な時間の流れのまま1000年以上の対立が続く。当然今回のイスラム国の発言にあった十字軍もオスマン帝国のころから現代に至るまで定義はいろいろだろうけど何度も続く。

少し考えても気の遠くなる時間の中の宗教対立は日本では理解しにくいし、米国従属の日本ではどうしてもクリスマス商業主義などに見られるようにキリスト教感化が蔓延しているのでなお理解できない。例えばキリスト教の世界への布教は「与えに来ることはあっても学ぶことはない」を前提に世界中で行われてきた。宗教はそれぞれに正しいことがあり唯一神であると対立を生むのは必然なのだけれど、日本では理解できない。

聖書の創世記にあるように自然さえも神が7日で創った、その後の支配をするのは罪深き人間である。こんな考え方は日本やアジアには馴染まない。それがイスラムやユダヤでまた違う。そんな理解できない立場にいるからこそ八百万の神の国の民ならではの思いもあると思うのに経済宗教はびこる衰退日本では今回の事件、その後を見ても望むべく術も無いようで、全体主義がのごとく異を唱えるでもなくおとなしく羊になって独裁化している国家に従属する。

物事の熟慮が足りないからイランイラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争とアフガン侵攻などの検証もなされていない。大量殺戮兵器は出なかった、フセインも殺された。アルカイダもソ連のアフガン侵攻後、アメリカのCIAが訓練した利用された民がアルカイダになりテロ後ビンラディンは殺害。その後の残党と欧米への反感などがイスラム国形成につながっていく。

まだ考えても終わりが見えない。空爆を繰り返しクルド人など米国が訓練し武器を供与して戦わせる。その構図はアルカイダのときと重なって見えるし、その背景には陸軍を派遣して犠牲が増えたらイラク戦争の批判に再度米国民が怒る懸念を避けてのことだ。

なのに日本は自衛隊派遣や憲法改正、ODAの拡大解釈や危険な方向に舵を向けている。8万人削減した米政府にとって実に都合がよく利用されていることを自己責任で思考を止めてしまう国民にはまったく見えていない。

将来にはアラブ系人口は世界人口の3割になる。欧州が感情的になるのは移民を受け入れ宗教上の慣習などからの対立も背景にある。でもアメリカ、イギリス以外の国では人質を解放できているのも事実。今回の「罪を償わせる」の安部の発言やオバマヤやキャメロンの賛同などを鑑みても自ら標的になることを国民に強いているのも批判されない。

殺害された人が英雄化されるのは政府にとって利用しやすいし危険なことも多いから良くないのだけれども、世界中で追悼された後藤さん自身が望んでいないと思う。ましてペンは剣より強いパワーで押すジャーナリズムでない悲惨な事実を伝え考えてもらう姿勢、後藤さんの望む訴え方が世界の共感を呼んだのではないかとさえ思う。

それなのに政府と官僚、ゆがんだ新自由主義で経済宗教に毒された国民は後藤さんが訴えたかったことと乖離している。故に日本の報道自由度は世界で60位程度にあり真実を捉え物を考えることが出来ない国民になっている、それが危険と思うまでまだどれだけの時間が必要なのかと思うと必要悪をまだまだ作り出してしまう方向に憂う。

ぜんぜんまとまらないけど腰限界 >_<


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腰痛日記
腰そろそろ限界、保存療法で改善が見られないので今週の検査開始を待とう!成功率は低くともこんな状態が続くなら手術いくらでもしてほしい。
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# by lifecanvas2 | 2015-02-11 11:17 | 日本システムの終焉 | Trackback | Comments(2)

腰痛番外でびっくら クラクラ

メモ日記
大晦日の午後、突発的に高熱が出た。腹も痛いし喋れない震えもあって???急患センターに連れて行かれるものの予想通りの大混雑。腰痛も痛いし高熱でわけわからん。結局「腰痛の痛み止めを飲んでいるので当センターでは何も出来ない」と言う事でくたびれ損で戻る。

新年明けても3が日も不明の高熱でインフルエンザだと移せないし年始は寝込み唸って居た。明けて医者に行き精密検査で病院に紹介状で行ったのが先週。

腎臓にある水が急性の炎症を起こして居るんだそうな。抗生物質の処方薬を受け1週間。良くならない。水の中までだと炎症が殺せないらしい。んで点滴治療で行きましょうと今入院中。痛みは随分良いけど炎症の元まで治さないと再発で慢性化するらしい。
手術も無い気楽な入院、でも腰痛い。看護師さんの入れ替わりの度に「まだ痛そうですね」って言われますが「これは腰痛なんです(´・_・`)」と。

腰痛日記が思わず番外。ゆく年散る年、来る年痛い年で始まりました。

まあ順調、痛みや不調、起こるいろんな事は意味あると常々思う。何たってタバコ吸いに行くのがいろいろ大変です そこかよ。。。
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# by lifecanvas2 | 2015-01-15 11:06 | まとめ日記 | Trackback | Comments(1)

官僚政治の王手の選挙にうんざり

ついに年末に選挙になって、あ〜こりゃ都合の良い王手だとうんざりした。官僚と言うのは実にしたたかで安倍政権と言うのは実に都合がいいし民主政権を見事に潰したとこで自民政権復活。野党も無い状態でこの選挙はチェクメイトの様なもんだ。あと3期以上欠けて上手に庶民を騙して破滅にするんだろうなって思う。
今朝のニュースに至っては官房長官が争点は、閣議決定した暴挙の「集団的自衛権でも秘密保護法でもなくアベノミクスが争点だ」と言う。こう言う事が平気で言えたりする事は民主主義が無いってことだし主権在民なんて言うのはお飾りなんだと実感する。

   *

GPIFについての番組をいつだったか見ていた。けどダメだなあとがっかりした。もう既に年金は破綻しているのは事実なんだけど国債もいずれ暴落するしどこかに転用出来る原資は無いか?と言うのが見え見えなんだけどそう言う事は報じない。過去の年金横領やずさんな問題もすっかり忘れ去られているけど、公に「サラリーマンの皆さんからの年金を運用しますよ、でも失敗してもリスク負わないのでよろしくです、本当にありがとうございます!」って言ってるのに能天気だなと思う。
「年金積立金管理運用独立行政法人」。そもそも名前がおかしい。年金は積立方式でないしそれすらも分からないのだろうか。番組では年金の種類も知らないからそこから解説だしうーむ。

   *

4月の消費税8%の使途の検証もまったくされていない。公共の場所にある「消費税は全額社会保障に充当します」と言うポスターをみると嘘つけと憤りを感じるけど世間の関心は無いみたい。これも前から書いたり関心のある友人とは前も書いたけど生活保護を削減する事から手をつけ始めると行政の意味は無くなる、その意思決定をした風潮を作ったのが政治であり官僚であり政府ならば自業自得に成る。おおよそ新自由主義に異を唱える方の文献を20年近く前から読んでいるけどいまだ日本は右か左で遊んでいるし、説明も学者ではないからメンドクサイけどこれもさぼらないで日記にしないと行けないんだろうな。自分の意見を持つ人が増えて多様であればあるほど破綻後の世の中の保険に成るのに。

選挙で争点と言えば、大臣の献金問題、辞めた大臣の任命責任。いろいろあるのに。そもそもアベノミクスなんて虚構だし成長と言うのがまやかしなのに。

と途中で諦めて、、痛い注射受けて来よう
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# by lifecanvas2 | 2014-11-20 09:43 | 日本システムの終焉 | Trackback | Comments(1)

腰痛日記〜11月下旬

腰痛の日記はマメにと思うのだけれどもすっかり空いた。Macに向かっているのもどうも腰が痛いと自然と遠のきiPhoneでは文字が小さいし打ち難いから辞めてしまうしSNSもそう出来ない。いつからか覚えてないけどずっと痛いと夢の中でも腰が痛くて歩くとすぐ歩けなくなる夢を見る。今朝も見た、ブロック注射に行く夢だから気分もめげるけどなんとかして欲しいような夢だった。

すべり症と座骨神経。よく勉強も足りないのだけれどざっと見ると狭窄症と症状は似ていてみるとなるほどなと思う。立っていたり歩いていると軟骨が無い分重力で縮むんだから脊柱管が圧迫されて患部が痛くなってかばって歩いて座骨神経も痛くなる、左だけだったけど右も痛くなったり。

日記で思い出せば血圧がもの凄く高かった。目の奥が暑い様な鼻血が出る様なむわ〜としたぼおっとしてると計ったら高かった事。下が140近かった覚えがあって上は200近かった。幅が無い時は具合も悪い感じだった。てっきり痛み止めの副作用かな?と思っていたんだけれどもお医者さんや看護師さん曰く違うそうだ。痛み止めにそんな副作用は無いし痛いのを我慢して歩いたりしてれば血圧も上がって当然だとか。まあ先生に至ってはおとなしく注射後は安静にしてないと歩けなくなるよって言われたりふんだりけったりだ。出張から戻っておとなしく安静にしていると不思議と血圧も戻った。

でも腰痛生活も楽しくはないけどいろいろ考える事もあって必然なのかなと思うと受け容れている気分。パソコンより時間あればギターしたり調子悪いと指先もこわばってなんだかなあとか本読んだり取捨選択するには良いのかもしれない。待てよ、いずれ治るか治らないか知らないけどそう成れば車いすなどの障害者のひとはどうなんだ?ずっと治らんのだぞ。今自体手摺がある建物や階段はありがたい、ホントにありがたい。階段で降りるとき真っ直ぐこけたら終わりだなと思う時はホント必要性感じる。そう考えると腰痛ごと気でこれだから世の中はやっぱり障害者に迷惑な社会なんだと身を以て感じるのはいいなと思う。うむ。

いろいろな不便は気づく事も沢山あってありがたい事でもあるんだなと思う。手術も成功率は2~3割と聞くし腰を痛めていると世の中にも腰痛さん沢山。経験者ってのはいろいろで先日は富山からの出張に来てた薬屋さんのひとにつぼやアドバイスをもらった。ブロック注射と同じ原理で患部付近の血行を良くするんだからそのつぼを押すと良いとか。

手術は聞いてみたけど急げないしリスクもあるというし。勉強も足りないのでそれで良いんですか?って言うし腰痛ライフなかなか手強い、何年も前から痛かったでしょ?とか医者や整体さんやいろいろ派すぐ見抜くな。富山のオッサンに至っては若い頃なんかやったでしょ?って言われて思い出した。その道のプロと言うのも凄いものです。
忘れず日記しないと後で状態を忘れてしまうので簡単にぽい!
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# by lifecanvas2 | 2014-11-20 09:00 | 腰痛さてさて | Trackback | Comments(0)

ニュースの賞味期限が短すぎると感じて然りなのだ

7月までワールドカップ、何年ぶりに久しぶりに見てた。特に決勝トーナメントからの試合はどれも名勝負で世界の瞬間即興の音楽の様なプレイにため息も出るし凄いなあとサッカー熱だった。その後腰痛もあって長時間歩いたり座ったりしてると骨が圧迫されて痛みと痺れが出て圧力を解放するしか無いみたいな話で調べても有効なストレッチもイマイチなくてテレビを見る時間が増えた。

順序が違うけどいろんな事が起きた。ウクライナでの飛行機撃墜。ずっと情勢など見てたんだけどあっという間に報道から消えてしまった。広島の豪雨による広大な土石流、あれだけの範囲であったのに2週間ほどでニュースから消えてしまい胸を痛めていた。現内閣に置いては全然気にする風でもなく慰問や記者会見も無いみたいだし安倍はゴルフしてて官邸に行った後別荘に戻り夏期休暇を継続、それも報道しない、あれだけの災害なのに。それは今回の長野での御嶽山噴火にも通じる。そこに凶悪事件が起きれば報道は一斉にそっちを向いてしまう。大丈夫なんか、報道は。やっぱり駄目だなあと見てた。

イスラム国の事もなかなか報道があったりなかったりなんだしガザ地区の事も沸いたんだけどその後の報道は消えてしまう。うーん。イスラム国の衝撃の映像の前にオバマは無人爆撃機をイラクで使用した、その事は新聞には載っていたけどテレビはしない。遠隔による無人爆撃機で現地の子供達が15人以上犠牲とかそう言うのは残虐映像に載らないだけで怨恨の悪循環を作るんでないか。そう思うのです。そもそも中東を混乱に陥れたのは湾岸戦争からイラク戦争までに至るアメリカなどの思惑で振り回して来た事に触れない。もちろん日本も自衛隊を派遣したのだから責任を検証しなくてはならないのに賛同する一方的な風潮を作られている気がして仕方が無い。

なのにカジノ構想やオリンピックで沸く東京からの垂れ流し日本均一化金太郎飴報道にうんざりするのです。地方創生なんて訳の分からない言葉に騙されて嫌だなと思うし、前に書いたか消費税は社会保障充当どころか転用されまくって居るし次の増税分も20%は社会保障に回すとか言うあんぽんたんな事を平然と言い始めた。それも報道も無く大事な事は意図されて報道されないのは変わっていないんだなあとニュースにはあきれてしまう。もちろん震災なんて無かった様な浮かれっぷりを見るともの凄く腹が立つのです。川内原発再稼働とかじゃないよ、全く。大体脱原発なんか言うのも東京だし、脱されても新潟にも福島にも原発は残るんで新潟では脱原発なんか言わんでのす「反原発」ですよ。

ネガティブや負のもの。そう言うのを嫌う風潮が蔓延んしている様なんだけど目を背ける事は想像力や直感を奪うし無関心こそが無責任になって幼稚な大人だらけにしたのに困ったもんだと思うのです。思うのです。うむむ。

2つ書いたら腰が痛くなった。それも困った。さて練習しておこう。
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# by lifecanvas2 | 2014-10-15 10:24 | 日本システムの終焉 | Trackback | Comments(2)

腰痛まとめ日記

7月半ばに腰を痛めてそれから3ヶ月近く悩まされてなかなか手強い。こう言う事は書いておかないと忘れるのに長時間座ると痺れや痛みが来るのでめげていた。
8月はなんとか現場応援を済ませたけれども終わって整体やボキバキ言うカイロプラティックみたいのも教えてもらって行ってみた。かなり前のレントゲンで腰椎の軟骨がすり減っている事は聞かされていたんだけどもう5年近く過ぎてたかもしれない。

整体屋さんや施術さんにも「こりゃ切なかったろ〜・・・」と新潟弁で言われるんだけど、うんそうだ!切なかった。1,2件も数回かよっても上手く行かずに親切に教えてもらったペインクリニックの神経ブロック注射!権威の先生が東京に居ると言うのでその会派?と言うのかそう言う先生を捜してみて行ってみた。
診てもらったところレントゲン写真の軟骨はすっかり無くなっていて腰椎すべり症とそこから来る大腿骨座骨神経痛とやら。うむむ!それで痛み止めを打ち、神経ブロック注射。

痛いよ。。

腰への注射はまだ良いけど背骨の注射はグググ!ゴリゴリと言うものが何か入って来てかなり痛い。終われば楽な感じも出るんだけど整体行ったりその他生活全般で意図せずの出費続きで緊縮財政、とにかく長時間座ってたり歩くと痺れや痛みが来るので幸い急ぎの仕事も無くおとなしくしている日々。気分もめげてくるし持病の躁鬱のうつ気味な気分もあって塞ぐ気持ちになる日々だなあ。

Macも座ってみる気分にならないしiPhoneは老眼で読み難いし7月のワールドカップ以降、何年ぶりに麻理が必要だったし買ったテレビでHulu見たり気の無い生活。でもここ最近はギター練習したりそれも辞めときゃ良いのに長時間し過ぎて腰の痛みに気づかず忘れ後で後悔したり。

ブログもさぼると腰痛があった事、それも意味あるんだろうけどそれも忘れるので書いておかないとなんない。世の中もいろいろな事があってそれにしても移ろいとニュースの消滅が早い事!テレビでこうやっていると人の記憶ってあっという間に消されて行くんだなと思う3ヶ月。うーむ なんですよ。たまに腰痛で高齢社会、社会保障をどんどん削って行く社会の将来に身を以て先に感じてるのも良いかなと思ったりもしたのです。

腰痛日記は続けたいなと思う、久しぶりにMac触ったよ (´・_・`)
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# by lifecanvas2 | 2014-10-15 09:54 | 腰痛さてさて | Trackback | Comments(0)

三冬どの、ずっとありがとうだったね

腰痛が続き7月半ばからずっと腰を痛めてて椅子にも十分以上は座れない状態が続いていました。それはまたの機会にしておいてその前後から三冬どのの調子が悪くなった。
長い看病生活が続き、今もまだ思い出す日々だけれども小さな身体で踏ん張っていたかのよう。ちょうどいつも行っている動物病院も先生の都合も悪く毎日辛かった。調べて探して新潟市には鳥獣専門の医院は2件と言う事も親切な病院に問い合わせて分かり、連れて行けたのは7月下旬でした。

秋葉区の小島動物病院の小島恭子Dr先生。診察も負担のかからないよう時間を沢山割いて頂いて検査後もゆっくり相談した。長島先生から悪い状態の判断も聞かされていたので、結果を聞いても預けるなんて出来ないな・・・と考えていたし小島先生も同意してくれ「いつでも問い合わせて下さい」と親身でした。

ずっと日々じっと頑張っていた三冬どの。5年と5ヶ月、最初は未熟児でもう数日持たないと宣告されたのにどっこい生きて多くの人に愛されてファンだらけでした。南相馬まで行ったし!「三冬ちゃんに会いたい!」と言う方には会わせ可愛がってもらったしそんなインコ世界中探しても居ないと思うんだ。さすが世帯主です。麻理もすっかり三冬どのの性格に魅了されずっと悲しんでいる。この写真も麻理が撮った三冬どのらしい一枚で家に居る。
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三冬どのは寂しくないよう庭に埋めたから雀の声で寂しくないと思う。5年前逃げた時、雀の群れに混じって助かった。多分あやめ園のときもそうだと思う。

8/6に逝って以来、ひと月ちょっと。夜中に看病癖で最初は起きる日々が続いたものの、昨日までは腰痛で動けなかった。とにかく書いておかなきゃと思ってたし、お転婆で寂しがりでギターが大好きで家のどこでも着いてくる。卵は沢山産み沢山産みこっちの心配はよそにギターに潜り卵を温めていた普通のインコより小さなお転婆娘。まだ家の中は居たときのまんまです。
とにかくありがたい子でした、三冬どのありがとうね。

追記:お礼の電話をしたら小島先生、動物病院の皆様からお悔やみの寄せ書きと似顔絵を頂いた。ありがたい事です、三冬どの、病院でも愛されて良かったねえ

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# by lifecanvas2 | 2014-09-10 10:07 | インコの三冬どの | Trackback | Comments(2)

広島原爆から69年、今年も合掌。。。

今年も8/6、広島に原爆を投下されてから69年が経ちました。つい先日は長岡花火、長岡大空襲を受けての慰霊の花火です。戦争は悲惨な痛みと歴史しか残さないのに、集団的自衛権を始めこの政権が出来てからおおよそ予測した通りにまっしぐら。この日に何を思うのか知らないけど国家と言うのは手に負えない巨大な権力だから恐ろしい事を平気で行い、民を恐怖を駆り立て上手にコントロールする。コントロールされた民は自分で考える力を奪われてしまっている。

震災から来月で3年半、まったく無策なのも国家。集団的自衛権、ウクライナ情勢、パレスチナ問題と憂う自体ばかりで危惧する人は沢山居るけど、自分の住む日本で社会保障が削減されて行き自殺者は3万人推移な事は無関心。死んだ女の子は何を思うのかな・・・・・毎年これを投稿して10年近くになると思うけどやり切れない。合掌

   *

【死んだ女の子 元ちとせ】



わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~わすれんなよ~すれんなよ~

   あけてちょうだい 
   たたくのはあたし
   あっちの戸 こっちの戸 
   あたしは叩くの

   こわがらないで 見えないあたしを
   誰にも見えない 死んだ女の子を

   あたしは死んだの あのヒロシマで
   あのヒロシマで 夏の朝に

   あのときも七つ いまでも七つ
   死んだ子はけっして大きくならないの


   炎がのんだの あたしの髪の毛を
   あたしの両手を あたしのひとみを

   あたしのからだはひとつかみの灰
   冷たい風にさらわれていった灰

   あなたにお願い だけどあたしは
   パンもお米もなにもいらないの

   あまいあめ玉もしゃぶれないの
   紙きれみたいにもえたあたしは


   戸をたたくのは あたし あたし
   平和の世界にどうかしてちょうだい

   炎が子どもをやかないように
   あまいあめ玉がしゃぶれるように

   炎が子どもをやかないように
   あまいあめ玉がしゃぶれるように


英訳  (in English)

" Dead Girl "     Repose of souls to Hiroshima

It opens and receives.
Striking is me.
door there the door here -- striking me
Don't be afraid. Me who am not seen
It is visible to nobody. Dead girl
I am having died. It is that Hiroshima in that Hiroshima. To the morning of summer
Also at that time, it is seven. The child who died also from now seven is never becoming large.
The flame accepted it. They are my both hands about the hair of my hair. My pupil
My body is a handful of ashes.
Ashes reviewed to the cold wind
it is a wish to you it is -- although -- I need bread and no rice
A sweet candy ball cannot be sucked, either.
Me who burned like paper
It knocks on a door. Me Me
The world of peace is used in how and it receives.
Suck a sweet candy ball so that a flame does not burn a child.
Suck a sweet candy ball so that a flame does not burn a child.


==============================
「死んだ女の子」 詞:ナジム・ヒクメット 曲:外山雄三 梅丘歌曲会館「詩と音楽」

ヒクメットは1902年トルコのサロニカに生まれた。当時のトルコではヨーロッパ強国の利害関係が交錯しており、莫大な負債と不平等条約によってしばられていた。こうした政治的条件の中で、民族解放戦争が起こり、トルコの進歩的文学運動が生まれた。ヒクメットはその革命文学の旗手、指導者であった。彼の詩は終始闘いの中で書かれ、闘いを訴え、闘いを支えてきた。と同時にしいたげられる者への心からの関心と労り、闘う者への賞賛と誇りをこめてうたわれる。ヒクメットの受けた刑は判決にして50年、獄中生活は17年の長きにわたるが、彼の詩には常に明るい未来への期待と確信がうかがわれる。「死んだ少女」「雲が人間を殺さないように」「日本の漁夫」は死の灰をテーマとした三部作をなしており、わけてもヒロシマをうたった「死んだ少女」は広く各国語に訳され、原水爆禁止運動の発展に大きく寄与したといえよう。


Dead girl words: Nâzım Hikme Music: Yuzo Sotoyama The renewal information of a Umeoka song hall "poetry and music" / web rib log"
Outline
Hikme was born to Salonika in Turkey in 1902.
In Turkey of those days, the interest of the Europe strong country was each other interwoven with, and it was bound by an immense debt and unequal treaty.
In such political conditions, the war of liberation broke out and progressive literary movement of Turkey was produced.
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# by lifecanvas2 | 2014-08-06 05:02 | 振り返る事 | Trackback | Comments(1)

国家がクーデターをすると言う事。ではどうするのか。

昨日の記者会見でまあ・・・うんざり。憲法違反を閣議決定すると言う事=「現政府によるクーデター」なんだけどデモやそんな事で済む訳がないです。抵抗し焼身自殺もあったのに中央集権メディアはそれの内容も流さず数日で抹殺する、BBCなどでは詳細に報道されていました。

この決定だけでなくいくつもの危険な法案、社会保障の削減、悪い法改正ばかりしてそれを看過して来たのは庶民つまり国民です。例えば消費税アップも駆け込み需要で社会保障に使われずそれを報道もしないし考えない。米中の思惑通り中国の挑発に乗って尖閣購入で石原のバカを支持し寄付金を14億も出しその後の用途は宙に浮いたまま監視しないバカが沢山居る。そう言う情報統制に乗せられた未熟な国民がここまで暴走させたとも言える。

憲法は国家の暴走を止め国民を守るために存在するもの。日本国憲法の制定の経由は置いておいても。しかしこう言う横暴をするのが国家であり政府や官僚と言う巨獣です、それは大昔のプラトンの国家論から言われてる事。巨獣には勝てない、公明党でさえアホな政党なんだけど戦時中戦争によって平和を破られ虐げられたのに容認すると言うお粗末さ。そもそも政教分離自体していない自公の状態が続いている先進国でも珍しい未熟な国、日本。権力を持つと宗教でさえねじ曲げられる。それは世界の歴史だし古今東西、今も続いている戦争や紛争、内戦も起因するから政教分離は世界の常識なのに。

SNSなどでミュージシャンや表現家が行動や自分の意見をもって抵抗しているけど慌てなくても良い、思う壺だもの。国家が暴走するのなら国民は従わなければ良いのだ。依存心と調和で恐れ人の目を気にする国民性は人民統制に誠に都合がいい。ずっと教育で社会に都合のいい国民を製造されて来た。おかしいな?って思っても言えない風土が蔓延し日々情報の洪水に終われ自国の食文化までも崩壊させて工場で製造された食品製品を食べている。まるでブロイラーみたいだ。。

人民統制の原則は「武器を与えない。考える時間を与えない。お金を与えない。」なんだけども、日本には民主主義などなくてずっと護送船団方式で来た。今も復活し重厚長大の中央集権で東京から地方を洗脳し価値観を均一化するまま庶民は疑問を持たない。統制されているからだけれども一部のミュージシャンやJpopなどの若い人は郷土に居ながら創作する時代、それは普通の感覚を持っていれば不思議ではない事です。

刮目して国家の暴走、転覆しつつある日本システムの終焉に向けては個人が独立するしかないんだな。自立し自律し多様性を持って自分で考える。にしても無関心は罪でありそれがこう言う功罪を生むのなら沈み行く船に乗ってる危機感を持つべきなのだ!と思うのです。

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簡単に言えば「国家なんかに従わないよ」って言うのが一番怖いのだ!そう言う意味では日本は半径数mの快適を求め子供な大人が増え過ぎた、、、自滅するんだろうな。むー

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# by lifecanvas2 | 2014-07-02 05:02 | 日本システムの終焉 | Trackback | Comments(2)


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