人生のCanvas Part2 井上雄介のぼやき2



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ここ10年の便利な環境に悩む人は多いようだ

たまにLessonの事を書いておこう。90年代後半から一気にインターネットが進んでホント便利な時代になった。特に2000年以降なんかは非常に進んで便利になったのかも知れない。

便利な時代。そうなると長くレッスンしていると来る生徒に変化が出て来たのが感ずる。特にここ5年位は特に「ネットでいろいろ調べても分からない」「教則本はいくつも買ったりするんだけど難しい」とか、訪ねて来る生徒の悩んでいる中身がハッキリ変わって来た。便利になるって逆に大変なんだなとつくづく感ずる。

多分、人の根幹的な表現するら辺は相当なアナログ作業で音楽もその中に入るんだろう。打ち込み音楽とかもあるだろうけど打ち込みの音楽でもそのイマジネーションは人間だ。ましてや僕のところに来る人は打ち込みと縁遠いひとだから悩むだろうな(笑)、まあそれはそれで凄く大変そうだ。。。

それで悲しい傾向は例えばCDなどのアルバムが売れなくなった時代。Youtubeなどの動画をずっと辿って「データを聞いている気分」で終わっちゃう。例えばジャズでも相当数な歴史的名盤があるしその選択に寄って今後の自分の方向が決まって行く事も多いと思う。僕自身はもう生涯聞ける枚数はとっくに超過しているので自分で年に買うアルバム枚数は5枚以下と決めている。聞き込み切れないのだ。

同じ様に生徒を取り巻く環境も誘惑が多過ぎるほどの便利な時代だから戸惑う様な気がする。あちこち教則本を買っても結局どっかで壁にぶち当たり他の情報を探す。その行為の繰り返しで分からない事がどんどん増えて行く(笑)、見事音楽商法の罠にはまってる。その時間があれば生涯付き合えるアルバムを聴いたり、極端な話、散歩でもしてた方がよっぽど良いのになあとよく思う。

個々の物理的時間や集中力、取り巻く環境などいろいろあって個人差もあるだろうけどゆっくり芽が出て自分なりの小さい花が開く様やってもらえれば良いなと、常々思ってる。

(全然・・・まとまらん)





   *

ブラジルって生活と音楽が凄く結びついてる気がするのはいつも。観客もすぐ歌い出す。大合唱にはいつもゾクゾクする、、、この人も好きなマリーザモンチ。ブラジル人はこの便利な時代でも音楽との距離は変わってない気がするのだ。凄い国だねえ。

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by lifecanvas2 | 2012-01-16 13:38 | レッスン | Comments(2)

被災地での音楽や演奏の事:お店Witherdとまちなか広場

重い腰なんだけど書きやすいものから書いて行きます。自分でもあまりにも更新していないので記憶がどんどん曖昧になってしまう。いかんいかん。

  ===キッカケ

昨年、年越しを南相馬と思った。それに加えその前に頼まれていたのが演奏を2回がありました。キッカケは8月に東京の作曲家でありギタリストでもある梅村仁さんに誘われて萱浜地区での演奏があったんです。なのに、いい加減な?僕はリハもそこそこだし、当日のサウンドチェックも寝坊してサボってしまった・・・。言い訳をさせてもらえば(笑)リハをすると段々曲に飽きちゃったり、本番前にすっかり集中力が消えて気持散漫になってしまう。やっぱ言い訳だ、怠け者です&単純にごめんなさい。

これはもらった写真です。梅村仁g&文月Vo夫妻+ジョージPer+僕g
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出店もあり大勢のひとが来てた夏の頃。この日は前にブログでも書いた鎮魂の138発の花火があった日、この開催と慰霊の花火と揉めたと聞いていたので・・内心、気になっていたんだけど催しが終わった時間に花火も始まり、安心したのと複雑な気分で打ち上げられる花火を見て祈ってました。

===んで、さてさて。

その時、PAや音響をしていたのが地元の草野さん、向こうで名刺を刷ってもらったり関係者には大変お世話になっています、ありがたい事です。ジャズも好きだったり子どもの頃は楽器もしてたと言う粋なひとなのだ。その草野さんから12月上旬?だったか新潟に戻る前に「ちょっと2カ所ほど演奏をお願い出来る?」と言うので、、、(俺の訳の分からん演奏で良いのかなあ・・・今年はほとんど練習らしい事もしていないし・・・)と一応悩んだんですが「余興の感覚で良いから是非!」と頼まれては断れない(笑)。オファーをもらって一度新潟に戻りました。

新潟でLessonをして・・・・が、生徒に寒いので珈琲のお代わりをと思って階段を下りる途中滑り階段を滑り落ちまして、腰もそうだけど右肘をしこたま打ってしまった・・・ずっと痺れていて翌々日には演奏と言うのになんと言う失態。。。

痛みと痺れを堪えて前日の12/18に南相馬入り。そしたら・・・12/23のまちなか広場イルミネーション点灯式は新聞に出てるわ!折り込み広告になってるわ!あらま!あらまビックリ。地元の知り合い、いろんな人に言われ、こっちの方が唖然と言うかビビリ増した。

12/19は草野さんの息子さん経営するBar:Wiherdでの演奏でした。地元で活動するVo&Gのコンビの「ウタウタイ」さんと一緒です。
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伸びやかな歌とその声に寄り添うギターって良いもんだなあってやっぱり思いました。交互に演奏して20人強の席は満席だし、轟音は避けたものの?楽しい晩でした。草野さんも写真を撮っていてくれてもらいました。
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Bar:Witerdは開店1周年記念で駅前のセブンイレブン向かいの洒落たお店です。バーテンダー協会の会員でもある息子さんだけにお酒も各種あり良い雰囲気なので是非行ってみて下さい。

  ===12/23

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これには参った(笑)、いつも行くまるもと食堂でもお父さんがチラシとってあるし、名字がカタカナになってるし(笑)。今なら明かしても良いと思うけど、クリスマスだしサプライズで長野伊那市の歌姫タカヨちゃんにヘルプを頼んでおいたんです!。MCなぞする方でないし演奏もエンターテイメント的なものもないしクリスマスに色をそえたいと思ったのが大正解!伸びやかな歌声はやぱり良いものです、タカヨありがとう!。写真は無いので最後のゴスペルの人たちの1枚。この日は風もあり気温もかなり低く聞いてる人もかなり寒かったと思います。
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最初の地元高校生の演奏もかなり良かった、原町は吹奏楽のメッカなんだそうです。

  ===被災地での音楽や演奏の事

翌日12/24は萱浜のU野さんが天国の子ども達に届ける様にとキャンドルを並べると聞いたのでお手伝いに(それは改めて別の時に書こうと思います)。音楽と全く関係ないけどそう言う手伝いの方がしっくり来る。んでU野さんのおんちゃんが物置組み立てるのに困ってるので手伝ってと言うので翌日は仮設にお手伝いに。同じく伊那チームの正木氏が居たので手伝ってもらいました、お陰で助かったありがとう。
その後日の笑い話なんですが、狭いもので演奏を見ていた人が仮設に居たらしい(笑)。後で聞けば(・・・演奏してたひとが何故ここで物置組み立てているの???・・・・・)と疑問だったらしい、わはは。狭い町だし人の縁濃い町だとまた実感した。

   *

本題、前置き長過ぎだけど。3月11日以降ほとんど音楽をする気がある日は消えてしまって理由はいまいち分からないんだけどその辺はまだ上手く書けない。音楽の種類もあるのだろうけどエンターテイメント性も歌詞もメッセージ性も無い即興音楽で慰問?....それはなんかする気になれないと言うのもある。幸か不幸か音楽だけで飯は食って行けないので消防設備だったり今までして来たいろんな仕事や多少の技術の方が役に立つと思うんです、個人的に。それは現実でもあるし、今もなんだけど、梅ちゃんの一言がキッカケで地元の中学生にギターを教えたり、演奏を聴いた人が「なんかいろいろな色が見えた気がする」と言ってくれれば音楽もありなのかと・・・思うけど積極的にしないな、今年も・・・。でも昨年のいろいろなお陰で新年、少し音楽をする気が徐々に戻って来たのは様々な人のお陰です、ありがたいです。まさか被災地でもあり被害地でもある現地の方々にそのキッカケをもらえたなら・・お互いさま、お陰さまの日本人の心は本当に素敵だと思うのです。感謝感激雨あられ、違った今日はみぞれ!(。+・`ω・´)シャキーン☆

・・・・今日もまとまらないけど投稿!
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by lifecanvas2 | 2012-01-13 09:12 | 南相馬支援訪問記 | Comments(2)

年明け年越し:新潟戻りました

3連休の最後の晩に新潟に戻りました。昨年4月からの何度か分からない南相馬訪問ととても祝う気になれない新年。自分自身、クリスマスなんぞと言う異国の宗教行事はなんでも良いんですが、日本人には正月を迎えられたと言う安堵感は誰しもが大なり小なり持っていると思う。
それなのに今年は・・・重苦しく祝う気分になれないのは言葉にできない何かが引っかかり、かなり前から年越し年明けは向こうでと決めていました。

地震、そして津波の被害があり東京電力原発(あえてこう書いておく)のあの事故。その為に犠牲になった捜索も遅れた南相馬。ずっと日米安保で築いて来た「トモダチ」は1ヶ月もおらず捜索も終わらないまま米政府は思いやり予算をあの時期に取付けて行き、来てくれた米軍には感謝はしても、結局は米政府の思惑通りとしか思えない。その後のこの国の愚政、自治体の住民放置、国内の国民の半径数mの勝手な個人主義の安全を気にする自分勝手さ・・・書けばいとまが無いほどで嘆かわしい。

それでも南相馬から帰宅する度にお隣のおばあちゃんが労をねぎらってくれ、同時に「報道を見ていると情けなく腹が立って来るんです」と自分の事の様に心を痛めている。引っ越してしまたけど道路はさんで向かい側の福島(確かいわき出身)のおばあちゃんは、何度目かの滞在後の中で子どもさん夫婦のもとに引っ越してしまったけど家族仲良くやっているとのこと。

新潟県には知事が避難用のバスを数十台出した南相馬市のひとたち、そしてその後の中通の福島市や郡山市の自主避難するひとで再度7000人を超えると言う地元紙。磐越道があって良かったよ。加え地元報道は新聞もテレビもローカルではいつも気にかけている。東京電力原発もあるし過去にも何度もの震災があっただけに他人事に思っているひとが少ない気がする・・・。

こっちでは日が沈む日本海。向こうでは日の昇る太平洋。

4月の行った時、北側になる鹿島区での瓦礫作業は雨が降ると中止。屋内退避区域である原町区は作業が出来なくとも雨天の日、車で行けるところまで行き、太平洋に手を合わせて来ないといけない気持が多く行って来た。道も皆目見当もつかない、何をどうしたらこのような壊滅状態になるのか分からないし数少ない自衛隊と地元の消防団のはっぴを来たひとが遺体捜索をしていた。目が真っ赤だった。僕も棒をその辺で見つけ少ししたもののどうにもならない。カラスが多くて多くて戦場のようだった。

その場所での、無常でも時は移ろい昇る日の出。人間が勝手に決めた行事だけれども元旦の日の出。お参りと言うよりも黙祷と祈りを捧げる為に行きました。

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言葉にならず涙も出ててただ祈り気付いた頃には少し昇ってしまった日の出。昨年を通じて同じ様な思いをした仲間は道の駅奥のテント村に集結、個々に思う事はみないろいろなんだろうけど祈ってました。地元のひとでも今でも辛くていけないひとも大勢居る。その分も祈れるか分からんけどいかないといけない気持がデカかった。「沢山祈ってね」と託された分もあるし。。

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その日の午後だったか?、ずっと萱浜の支援を続けている蔵田さんからUさんのドキュメント番組ををテント村に持って来てみせてくれた。僕も何度目かのお付き合いとお手伝いの萱浜青年団。テント村には行った事の無い人もいるし・・余りにも重い事実だけど抽象化になる日の出への祈りをみんなにリアルな現実にしてくれた。

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これは12/24に天国の子ども達に見える様にと萱浜青年団のキャンドル。
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この日はお手伝い出来て、点灯後はその心が天国に届く様に、邪魔者だからそっとおいとまして来た。イルミネーションも後日のお手伝いだけ少し出来た。


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まだ新潟に戻っても思考が混乱してて上手く言葉がまとまらんのだけど、新潟に帰還しました。徐々に書いて行こうと思います。
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by lifecanvas2 | 2012-01-11 04:22 | 南相馬支援訪問記 | Comments(2)


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